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      Tom Sato Email Magazine Issue No.64  -- 2005-07-20
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  【今週のトムサトウ】
   [1]  ごあいさつ
   [2]  ジョブズの卒業祝賀スピーチ
   [3]  とむさとうのHPコンテンツについて
   [4]  あとがき

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   [1]  ご挨拶
└─────────────────────────────────┘

   今回は、アップルコンピュータ創立者、CEOのスティーブ・ジョブ
   ス氏のスタンフォード大学卒業祝賀スピーチを掲載します。

   とむ
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   [2]  ジョブズの卒業祝賀スピーチ
           (2005年6月12日、スタンフォード大学)
            原文URL:
            http://slashdot.org/comments.pl?sid=152625&cid=12810404
└─────────────────────────────────┘


 PART  1   BIRTH

 ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴
れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないの
で、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。

 本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それ
だけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と
点を繋ぐというお話です。

 私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヶ
月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞
めたんだ?ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡
ります。
 私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出
すと決めていました。育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定め
ていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ること
で手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私がポンと出てしまうと
最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになっ
てしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のとこ
ろに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれ
てしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えまし
た。
 しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親
の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出て
いないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを
拒みました。そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると
約束したので、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありまし
た。

               ◆◇◆

 PART  2   COLLEGE DROP-OUT

 こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に
入るわけなんだけど、何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッ
ジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に
消えていくんですね。そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の
価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分
からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く
分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使
い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。
 そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、
あれは人生最良の決断だったと思えます。だって退学した瞬間から興味のな
い必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その
分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。

 夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達
の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラの瓶を店に返すと5セント
玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも
7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレクリシュナ寺院でやっとまと
もなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。
 しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多く
は、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かって
きたんだね。

 ひとつ具体的な話をしてみましょう。

               ◆◇◆

 PART  3   CONNECTING DOTS

 リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を
提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1枚から
戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ
(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。もう普通のクラスには
出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやっ
たらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。
 セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応
じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するために
は何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できな
い微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私はすっかり夢中に
なってしまったんですね。

 こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのない
ものばかりです。だけど、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コ
ンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってき
たんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。そうして
完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。
 もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複
数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマ
ックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機
能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったことになります。

 もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、
 あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。
 そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていな
 かった。

 もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点
を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみる
と、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよ
ね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできな
い、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこ
そバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと
信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、と
にかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひと
つに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くま
ま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは
同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

               ◆◇◆

 PART  4   FIRED FROM APPLE

 2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。
 私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけること
ができた。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳
の時でした。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった
二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自
分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、
30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになったんです。
 自分が始めた会社だろ?どうしたらクビになるんだ?と思われるかもしれ
ませんが、要するにこういうことです。アップルが大きくなったので私の右
腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそ
こらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最
後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼
に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうことです。し
かも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知
っていた。
 自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、
私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかっ
た。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、
自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。こ
のように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デ
イヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人ぞ知る著名
な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほど
です。 
 ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてき
たんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでした。アップルでのイザコザ
はその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。
だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。

 その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは
自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功
者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、
あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれた
ことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足
を踏み出すことができたんですね。
 それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社
を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。
 ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「ト
イ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・
スタジオです。

 思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップル
に復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心に
あります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。

 アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかっ
た、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者には
それが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるよう
なひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。
私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだと
いう、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見
つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから
仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から
満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、
それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ
一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探
し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそうい
うのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重
ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち
着いてしまってはいけない。

               ◆◇◆

 PART  5   ABOUT DEATH

 3つ目は、死に関するお話です。
 私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。
「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすれ
ばいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にと
って強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、
私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今
日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやり
たいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそ
ろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。
 自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれま
で人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな
手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全
て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖
の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去
っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なこ
とだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってし
まうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限
り最善の防御策です。
 君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由な
ど、何一つない。

               ◆◇◆

PART  6   DIAGNOSED WITH CANCER

 今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受
けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその
時まで、すい臓が何かも知らなかった。
 医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定
していいと。生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。
主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の
世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。
 それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるの
なら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。
たった数ヶ月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処で
きるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよ
ならを告げる、ということです。

 私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、
バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらった
んですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針
で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたの
でよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話に
よると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそ
うです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術
で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがた
いことに今も元気です。

 これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験というこ
とになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたい
ですけどね。

 以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭
の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少
は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていない
んだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にた
いとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。か
つてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうある
べきことだら、そういうことになっているんですよ。何故と言うなら、死は
おそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェ
ンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作って
いく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他
ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん
古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草
で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。
 君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて
無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。そ
れは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだから
ね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されない
ことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当
になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外
のことは全て、二の次でいい。

               ◆◇◆

 PART  7   STAY HUNGRY, STAY FOOLISH

 私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というと
んでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていまし
た。
 それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンロー
パークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたもの
に仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がま
だ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイ
ドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代
に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に
輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、
そんな印刷物でした。
 スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行
を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが
70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。
 最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険
の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写
真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stay
foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後
に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」
 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そ
して今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

 Stay hungry, stay foolish.

 ご拝聴ありがとうございました。

the Stanford University Commencement address by 
Steve Jobs
CEO, Apple Computer
CEO, Pixar Animation Studios

翻訳 市村佐登美
satomi@mediaexpress.org

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   [4]  あとがき
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   ★  連休、久々に高熱を出してダウンしてしまいました。風邪です。
   八ヶ岳の実家で畑いじりと思っていたら、寝て過ごしてしまいました。
   熱が最高38.8も出て、うんうんうなりながら山の診療所に父につれて
   行ってもらいました。

   この診療所、ログハウス造りで素晴らしいのです。待合ロビーは吹き
   抜けになっており、大きな薪暖炉が。

   先生に症状を説明し聴診器で心音などを聴いてもらい、その後は、パ
   ソコンで処方箋の薬の説明をしていただきました。薬のデータベース
   で呑み合わせが大丈夫かちゃんと調べられるのです。

   薬を頂いたときに驚いたのは、処方箋には、薬のカラー画像が入った
   説明文章がついていて、何の薬で、いつ呑むのかがすごくわかりやす
   いのです。

   マニュアルどおり、しっかりと薬を呑むと、当日の夜には、熱がスー
   と退いていって、体中が痛い症状もどんどん改善されていきました。

   最近の医療はしっかりしているなーと思いました。

      とむさとう
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